2008年04月14日

第14回 雑司が谷霊園掃苔録・その3

※この日に歩いた道の地図はこちら↓
http://tinyurl.com/2ztpqn

10年ぐらい前に、東京の街歩きに関するホームページを作っていたことがあり、必然的に永井荷風に行き当たった。荷風に習って東京中の路地裏、横丁を歩き、江戸の古地図や文献を読んだ。今でも隙あらば荷風的ノンシャラン(フランス語で「積極的な関心がないので、行動に熱意がこもっていない様子/のんきなさま/無頓着」の意。)で、日和下駄のそぞろ歩きを楽しむのが無情の喜びとなっている。
 
永井荷風の墓はこんもりとした生け垣に四方を囲まれ、生け垣の中に入ると、周囲の他人の墓はほとんど見えない。親族の2つの墓に挟まれて眠っている。

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▲永井荷風(昭和34年没・行年79)

泉鏡花の『高野聖』、『婦系図』、『歌行燈』などの傑作と言われる作品はほとんど読んでいない……けれど、数年前に現代思潮社のアンソロジー『地獄』所収の一遍、「海異記」を読んだとき、初めは読みにくい昔の言い回しに苦心しながらも、次第にその映像が鮮やかに浮かんでくるのに驚いたことがある。そのあと少々興奮して『泉鏡花集成1』(ちくま文庫/種村季弘編)を買った。怖いのにどこか美しい話が好みだ。

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▲泉 鏡花(本名:鏡太郎)(昭和14年没・行年66)

野村胡堂の『銭形平次捕物控』を原作とした、テレビ時代劇「銭形平次」といえばこの人。なぜか小学生の頃、夕方の再放送をよく見ていた。銭形平次は架空の人物だが、神田明神下の長屋に住んでいたという設定から、神田明神の境内に銭形平次の碑と、顔ハメ看板(記念撮影パネル)がある。たしかお金をピュッと投げている平次の絵だったと記憶しているが、まだ顔をハメてみたことはない。

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▲大川橋蔵(昭和59年没・行年55)

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▲如在/大川橋蔵/藝魂/鎮止蛍域

小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は、誕生したギリシャからアイルランド、フランス、ロンドン、ニューヨーク、ニューオリンズ、松江、神戸、東京と居を移してきた。墓前にて、そんな人が雑司ヶ谷の地に眠っている不思議を思う。先日、店にある小泉八雲の本を手に取られたお客さまから、「小泉八雲は最後まで日本語が書けなくて、原稿を英語で書いていたそうですが、その訳は誰のものが一番よいのでしょうか」という質問を受けた。答えられず、宿題、ということにさせてもらった。

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▲小泉八雲(明治37年没・行年57)

まだまだ著名人がたくさん眠っております。以下、墓石写真のみ。

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▲サトウハチロー:詩人(昭和48年没・行年70)

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▲金田一京助:言語学者・アイヌ研究(昭和46年没・行年89)

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▲初代 江戸屋猫八・物まね芸人(昭和7年没・行年64)

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▲成島柳北:随筆家・詩人(明治17年没・行年47)

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▲村山知義:画家・劇作家・演出家(昭和52年没・行年76)

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▲武林無想庵:小説家・翻訳家(昭和37年没・行年82)

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▲墓碑:
 なさゞれは くはずといふか あなかしこ 何をなしてか 我はくらへる

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▲東條英樹:軍人・総理大臣(昭和23年没・行年65)

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▲小川笙船:江戸の町医者、「赤髭先生」のモデル
 (宝暦10年没・行年89)

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▲千葉定吉:北辰一刀流の剣豪、千葉周作の弟
 (明治12年没・行年67)


▲福永武彦:作家(昭和54年没・行年61)


◎関連リンク:古書往来座作成「雑司ヶ谷霊園に眠る著名人」
http://www.kosho.ne.jp/~ouraiza/jousetsu/list.htm

次回は雑司ヶ谷霊園を抜けて、池袋方面へ向かいます。
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