2008年06月15日

第15回 雑司が谷霊園から池袋・人生横丁へ

※この日に歩いた道の地図はこちら↓
http://tinyurl.com/6xzexe

1992年から2000年まで、サンシャイン60ビルの中にある会社 で働いていたため、池袋東口なら自分の庭のように詳しい。ただ、毎日の通勤や昼食で街に出るときでも、池袋駅からサンシャインへ延びているメインストリートは避けて通ることが多かった。ゲームセンターやファストフード店から大音量で響く音楽やピコピコ音、しつこくついてくるキャッチセールスの男、「手相を見させてください」と宗教の勧誘、などなど、通ればたちまちぐったりしてしまう道なのだ。これが毎日は辛い。

そんな不快な繁華街を迂回して、少々遠回りでも1、2本裏の路地を歩くことにしていた。いくつかルートはあったが、そのうちの一つに「美久仁小路を抜ける」というのがあって、美久仁小路というのは、戦後ヤミ市の名残りである飲み屋街のひとつ。無論、朝の通勤時にはどの飲み屋も閉まっていて、ゴミ箱にカラスがたかっていたりする侘しい風景なのだが、それが気に入っていた。酒は飲めない質なので夜の飲み屋街にはご縁がなかったのだが、ランチタイムに店を開けて定食を出す店もあったので、よく食べに行った。

東口にはかつて、ヤミ市跡的飲み屋街が4つあった。会社を辞めてからはそれらの抜け道とはすっかりご無沙汰しており、人生横丁が再開発でなくなるとも聞いていたので、写真に収めておこうと思い、夜の池袋へ向かった。まずはその人生横丁へ。(このすぐ近くに三角寛が作った映画館「人世坐」があった。)すでに半数以上は閉店しており、7月までにはすべての店舗が撤退するとのこと。

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▲人生横丁 入口

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▲商店会の看板

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▲火の消えた提灯

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▲人生横丁から美久仁小路へ移転のお知らせ

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▲まもなくこの一角がすべて消える

長い年月をかけて増築したり改築したりして、長屋の一軒一軒に個性が現れ、古い店も新しい店も渾然一体となったこの横丁は、もう2度と再現されることはない。保存が叫ばれるような建築ではないし、今は汚い、怪しい、と思うだけで価値を感じない人の方が多いのかもしれない。そうして忘れられていくのであります。再開発で「人世坐」という劇場を作ったらどうかしらん。

◎人生横丁公式サイト(秀逸です!)
http://www.jinsei-yokocho.com/index.html

隣りのブロックにある美久仁小路へ。こちらもかなり店舗が歯抜け状態になっていた。一時期は風俗店も軒を連ねていて通りにくいこともあったが、現在は飲食店のみになっている模様。

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▲美久仁小路 入口

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▲店舗一覧の看板

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▲滝田ゆうの漫画みたいな

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▲猫が覗いていた

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▲迷路のようにいくつもの入口がある

美久仁小路の向かいにもう一つ、栄町通りというL字形の横丁がある。ここは比較的賑やかで、営業している店舗が多い。

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▲栄町通り 入口

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▲笠智衆みたいなお父さんが似合います

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▲アリスの洋酒/スナック天国

最後に、サンシャイン60通りを隔てたところに「ひかり町」という飲み屋街があったはず、と思って行ってみると、そこは広大な駐車場に変わっていた。知らなかったなあ。その一角に「珍万」という、店は汚いけど安くて味のいい中華料理店があり、会社帰りに上司や同僚と残業夜食を食べに行ったものだった。ビニールがかかった椅子は油で汚れていて、立ち上がるとき服にくっついてペリペリと音がしたっけ。

ネットで調べてみると、2004年に「ひかり町ラーメン名作座」という名のラーメン店のテーマパークのようなものが作られ、2年あまりで閉鎖、以降、飲み屋もさびれる一方で、2007年2月にすべてが取り壊されたという。小林信彦曰く「〈闇市性〉がしみこんで、抜けない」池袋も、変わりつつある。

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▲ひかり町があった場所

posted by かねこ at 00:00| バックナンバー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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