2007年02月10日

第1回 古書往来座から古書現世へ

※この日に歩いた道の地図はこちら↓
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2006年の夏以前、私にとって早稲田は、年に1度、家族揃って夏目坂上にある先祖の墓にお参りに行くところ、そして時々古本屋街をぶらぶら散策するところ、として存在する場所だった。早稲田の地理は頭に入っていても、そこから周辺へ足を延ばすという機会がなかった。
2006年の夏から、雑司が谷に店舗を出すための準備を始めた。雑司が谷は夫が生まれ育った町で、夫とともに私もここ15年ほど、鬼子母神の祭(御会式)に参加したりして馴染みがあった。山手線の円内にありながら、昭和の半ばで時が止まったような町の風情が気に入り、ここに和雑貨と古本の店を構えることにしたのだ。

毎日雑司が谷での開店準備作業が続いていたある日、とある集まりに呼ばれて、初めて自転車で雑司が谷から早稲田へ行ってみた。すると思いがけず7、8分ほどで着いてしまった。それぞれの町並みや幹線道路はよく知っているのに、その町同士が裏道でこんなにも近く隣り合っていたのかと驚いた。

私の中で離れた「点」として存在していた早稲田という町が「線」でつながり、一気に身近になった。

一方、目白と雑司が谷は、東西に延びる目白通り沿いの隣町で、イメージとして線でつながっている。といっても町の様子はかなり異なっており、大正時代から芸術家が多く住み、リッチで洗練された印象の目白に対し、雑司が谷の町並みはあくまで庶民的である。その対比が面白い。

早稲田と目白と雑司が谷、この3つの個性的な町はそれぞれ20分程度の徒歩圏内である。何やら面白い発見がたくさんありそうで、どんどん「線」をつないでいくと新しい「面」が浮かび上がるかもしれない。路地から路地へ歩き、そっと眺めてみたいと思う。

第1回目のスタートは、南池袋・古書往来座から。江戸時代には現在の南池袋、東池袋、西池袋の一部も雑司が谷に含まれていた。往来座では雑司ヶ谷霊園に眠る文人の著書を集めた「没後 雑司ヶ谷派」という小特集が常設されている。

往来座
▲往来座

往来座の店内
▲往来座の店内

明治通り沿いの往来座から、鬼子母神堂へと路地を拾って歩く。雑司ヶ谷はうっかりしていると行き止まりばかりの路地に迷い込んでしまう。斜めに走る道が多いので、方向感覚が狂う。そうやって予想外の場所に辿り着いてしまうことも多く、自分だけの発見のように思って愉快になる。私の店に来るお客さんも、地図を見ながら歩いていたにもかかわらず、とんでもないところから「道に迷った」と電話してくる人があるが、困っているというより迷子を楽しんでいる様子が感じられて、思わずニヤリとしてしまう。

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▲往来座から鬼子母神へ行く路地

鬼子母神の境内に、江戸時代元禄年間から続く駄菓子屋「上川口屋」がある。ここにはいつも猫がいて、駄菓子のガラスケースの上で丸くなっている時もあるし、屋根の上から通行人を観察していることもある。以前は猫ばあば(上川口屋13代目店主)が面倒を見ていた外猫用のハウスが店の脇にいくつもあって、猫もたくさんいたのに、いつのまにか撤去されてしまった。猫たちはどこに行ってしまったのだろうか。

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▲鬼子母神堂

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▲上川口屋

鬼子母神境内を抜けて、ケヤキ並木に石畳の参道を歩く。この参道は生活道路として車が両方向で通れるようになっている。ぼんやり歩いていると危ない。

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▲ケヤキ並木

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▲東京都の案内板

参道の脇道へ入っていくと、ひょっこり井戸が現れる。飲み水としては使えない、と注意書きがある。雑司が谷には現役の井戸がまだたくさんある。

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▲路地裏の井戸ポンプ

都電荒川線、鬼子母神前駅の踏切を渡る。早稲田方向を見ると、新宿西口の
高層ビル群が正面に見える。

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▲鬼子母神前から、早稲田方面の眺め

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▲三ノ輪方面の眺め

駅前商店街の規模は小さい。年末で閉店する店もあって、寂しい感じは否めないけれど、昔ながらの個人商店ががんばっている。私が小さい頃(昭和40年代)の雰囲気が残っていて、特に夕暮れ時などは不思議な気持ちになる。

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▲駅前商店街

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▲未舗装の路地

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▲廃業した店

商店街を抜けると、目白通り。信号を渡って直進すると宿坂という長い下り坂となる。下りきって神田川を超え、5分も歩けば早稲田古書店街に着く。ここが一番近道なのだが、へそ曲がりなのでまた脇道へ入る。

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▲宿坂

目白通りは目白台地の尾根を走っていて、この道から南(早稲田・新宿方面)へ行くにはどこを通っても坂を下らなければならない。東京で1位2位を争う急坂もある。比較的ゆるやかな宿坂の東側に、急激に視界が開ける展望台のような場所がある。目白台地が落ち込む崖の中間あたりが空き地となっていて、早稲田から代々木、新宿方面が一望に見渡せる。勝手に「わめぞ台」と命名。

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▲わめぞ台からの眺め・早稲田方面

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▲わめぞ台からの眺め・新宿方面

わめぞ台から先へ進むには、バリアフリーなど眼中にない、急な石段をおりなければならない。奥行き3メートルで電柱1本分ぐらいの高低差があり、しかも1段ごとの高さが微妙に違うので、若い人でもヒヤリとするだろう。夕焼けなど眺めながらおりようものなら、転げ落ちて大怪我をするかもしれない。人々は落ちないように念仏を唱えながら通行したことから、次第に“念仏だんだん”と呼ばれるようになった。(←ウソです)

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▲念仏だんだん

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▲足元注意

道なりに豊島区高田の住宅街を抜けると神田川に突き当たる。この季節は川面にたくさんの鴨がいて、橋の欄干から川を覗き込んでいると、エサをくれるものと思って集団で近づいてくる。あげるものが何もないので、早々に立ち去る。

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▲面影橋

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▲鴨の艦隊

面影橋を渡ると都電の面影橋駅がある新目白通り。そのまま愛国製茶ビルの脇の道へ直進する。右手に立派な山門を持つ寺がある。200メートルほど進むと、路地の先、真正面に「さとし書房」の看板が見えてくる。そこはもう早稲田古書店街である。早稲田通りを少し右に行って、古書現世に到着。ちゃっちゃと歩けば20分ほどの道のりを、寄り道しながら40分。日も暮れてきてちょっと寂しい気持ちになったが、店番猫ノラに会って復活。手を舐めてくれたお返しにマッサージをしたら、ご満悦の様子だった。

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▲古書現世

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▲ノラさん


※「鬼子母神」の表記は、正しくは「鬼」の上のツノがない。読み仮名は
「きしもじん」。

※参考文献
『東京地名考・上』/朝日新聞社会部(朝日文庫)
『鬼子母神の猫ばあば』/武田貞子写真集

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プロフィール
金子佳代子(かねこ・かよこ)
1968年東京都文京区生まれ。
02年にオンラインショップとして旅猫雑貨店を立ち上げる。05年、古本
ライター・岡崎武志さんより、友人コウノさんとの古本メガネ女子コンビ
「カネコウノ」を拝命、トークライブに参加。06年11月、豊島区雑司が谷
に実店舗を開店。和雑貨と共に古本も扱うが、あくまでスタンスは雑貨屋。
古本イベントの“色もの”としてがんばる所存です。

旅猫雑貨店(たびねこざっかてん)
東京都豊島区雑司が谷2−22−17
http://www.tabineko.jp/

ブログ:「旅猫雑貨店 路地裏縁側日記」も更新中。
http://tabineko.seesaa.net/
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