2007年05月10日

第4回 目白・ポポタムからミステリー文学資料館へ

※この日に歩いた道の地図はこちら↓
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JRと私鉄・西武池袋線にはさまれた地域にあるブックギャラリーポポタムの周辺は、車の往来も少なく閑静な住宅街である。しかし5分も歩けば、商業ビルやデパート、飲食店が建ち並ぶ池袋西口の繁華街となる。そのちょっとした狭間が、歩いていて面白い。
ポポタムからJR山手線の線路沿いへ向かう途中、左手に、巨大なケヤキの枝がわさわさと空を覆っているのが見えてくる。

このくらいの大ケヤキはよそでも見ることができるけれど、ここの大ケヤキは、生えている場所に特徴がある。隣り合った2軒の民家のすきまで、玄関先の地面をめりめりと盛り上げながら生長を続けているのである。

2軒の家はそんなに古い家には見えないので、もともとケヤキが生えていたところに家を建てたのだろうと思う。数十年の間に、根が張り、幹が肥え、ケヤキ用の空間が窮屈になってきた。もしもこの家に住んだらどんな気持ちがするのだろう。ケヤキはどこまで大きくなるのだろう。困ったような、愉快なような。

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▲住宅街の大けやき

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▲家と家のスキマに

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▲破壊されつつある玄関

さらに進むと、右手に「金泉湯(※1)」という銭湯がある。その先の角地にあるのが、「上り屋敷会館」だ。江戸時代、このあたりに将軍が狩りにやってきたときに休憩する屋敷があったのが「上り屋敷」の由来だが、その上り屋敷自体は残っておらず、現在は近くの公園と町会の名前に、その名残があるのみ。

この「上り屋敷会館」は、わめぞメンバーが参加する往来座外市に関連して、トークイベントなどを行う際の会場として使っていく予定である。会館の中は昭和で時が止まったような、ここが目白と池袋の間とはとても思えないような、広々とした畳敷き(20畳+舞台)の空間がある。

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▲会館に見えません

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▲ここが入り口

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▲昭和のかほり

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▲イベント時の様子

JR山手線の線路につきあたったところを左、池袋駅の方へ。かくかくと曲がった道沿い、こんなところに突然、といった感じで「婦人之友社」がある。日本で初めての女性新聞記者・羽仁もと子と、その夫でジャーナリストの羽仁吉一が、明治36年に創設した出版社である。

「生活を愛する気持ちとよい家庭がよい社会を創る」という信念は現在も受け継がれ、屋外のウィンドウには「羽仁もと子著作集」「婦人之友」「明日の友」などの出版物が展示されている。羽仁もと子がおよそ100年前に創案したという家計簿は、現在でも愛用者が多いという。

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▲婦人之友社の出版物

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▲社屋の窓

婦人之友社のはす向かいには、同じく羽仁夫妻が創立した自由学園の校舎である明日館(国の重要文化財)がある。校舎の設計は帝国ホテルなども手がけたフランク・ロイド・ライト。芝生の前庭を囲むように建てられた4棟は、意匠を凝らしたステンドグラスの窓が目をひく。低く横にのびる建物は、どこか神社や寺を思い起こさせる。生垣の薔薇がもうすぐ咲き始めます。見学のみ:400円、喫茶付見学:600円、夜間見学(ビール付)1000円。月曜休館

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▲自由学園明日館

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▲窓のデザイン

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▲明日館の梟

明日館からJRの線路を背にして数十メートルのところに、「赤い鳥」ゆかりの作家、坪田譲治の旧居がある。昭和31年に坪田譲治が自宅の一部を開放して、子どものための図書館「びわのみ文庫」を開館。現在は「坪田」の表札はかかっているが、文庫は閉ざされており、門の奥に、びわのみ文庫の看板が少し見えている。

わたしは坪田譲治の作品が好きだ。中でも『風の中の子供』に収められている「笛」という短編は、中学生の頃から何度もくりかえし読んでいて、読むたびに心臓がどきどきしてしまう。その後、息子の坪田理基男が書いた『坪田譲治作品の背景』(理論社)、『せみと蓮の花/昨日の恥』(講談社文芸文庫)などを読みますます譲治好きに拍車がかかった。だからこの坪田譲治旧邸の前に立つときは、いつも特別な感慨がある。

この日は立ち寄ることができなかったが、坪田譲治が師事した鈴木三重吉の旧居(現・千種画廊)も西武線の線路をはさんですぐ近くにある。

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▲びわのみ文庫

びわのみ文庫から北へ向かうとすぐに住宅街が終わる。池袋の東と西をつなぐ通称ビックリガードの西側に勤労福祉会館があり、そのビルの最上階7階に豊島区立郷土資料館が入っている。常設展示は「雑司谷鬼子母神」「駒込・巣鴨の園芸」「長崎アトリエ村」「池袋ヤミ市」。中でも、アトリエ村とヤミ市のジオラマ展示が面白く、個人使用での許可をもらって写真を撮らせていただいた。(この写真はブログでのみ公開)豊島区立郷土資料館の入館は無料。毎週月曜日、第三日曜日は休館。

さらに駅方向へ歩くと、東京芸術劇場。駅寄りに噴水広場があり、ここでは年数回、池袋西口公園古本まつりが行われている。ビルの谷間とはいえ、屋外に張られたテントの下でたくさんの古本が見られるこのイベントはなかなか気持ちがいい。

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▲勤労福祉会館

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▲東京芸術劇場と池袋ウエストゲートパーク

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▲こわい梟

池袋駅を背にして、丸井の裏手、斜めに走る脇道は立教通り。すぐ左手に大地屋書店文庫ボックス、そして夏目書房がある。立教大学の周辺はこれまた池袋らしくなく、赤レンガ、白い窓枠の建物に蔦のからまるチャペル、場違い感になぜだか恥ずかしくなってしまうのはわたしだけかもしれない。

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▲立教通り

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▲立教大学正門

立教大学の敷地内に、江戸川乱歩の旧邸がある。現在、乱歩の土蔵および蔵書はすべて立教大学所蔵となっている。正式名称は「立教大学江戸川乱歩記念 大衆文化研究センター」。土蔵“幻影城”も修復され、予約すれば閲覧することができる。公開は金曜のみ。(下記、土蔵の写真は2004年の公開時に撮影した画像です)
旧江戸川乱歩邸ホームページ:
http://www.rikkyo.ac.jp/〜koho/ranpo/index.html

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▲江戸川乱歩旧邸

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▲黒漆喰で塗られた幻影城

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▲土蔵の内部・その1

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▲土蔵の内部・その2

乱歩邸のある路地を抜けると、池袋駅前から続く大通りへ出る。斜め左手に見える大きなビルは、2004年より新たに江戸川乱歩全集の刊行を開始した光文社。その1階には「ミステリー文学資料館」が併設されている(入館料:300円)。日本初のミステリー専門図書館とのこと。

ちょうどいらした館長さんが自ら解説してくださったのだが、現在は国会図書館でも読むことができない戦前の推理雑誌『寶石(ほうせき)』『新成年』『ぷろふいる』『探偵趣味』などの創刊号から揃っていて、館内のソファでゆっくり閲覧していっていいそうだ。いろいろ珍しい本を見せてくださったのだが、ミステリーには全く詳しくないので、「ほおー」「うわぁ」などと知ったかぶりで感心したふりをしてしまった。

現在国内で刊行されているミステリー本をはじめ、雑誌、叢書、春陽堂版、改造社版の全集など、なかなか手に取ることができない古い版も開架されていて、ファンにはたまらない図書館なのでは、と思った。9月29日までは日本ミステリー文学大賞受賞記念として「夏樹静子の華麗な世界=日常の謎から現代の闇まで」を開催中。ファンの方には申し訳ないが読んだことがないので、夏樹静子って、きれいな方なんですね、という感想でした。

それにしても池袋周辺には梟の像が多い。光文社の隣りにある祥雲寺という寺の門前にて、本日3羽目の梟を捕獲。

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▲光文社

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▲ミステリー文学資料館

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▲祥雲寺の梟

すたすたと歩けば20分ばかりの距離を、あちこち寄り道しながら2時間ほど。「わめぞ」エリアから若干はみ出しつつ、次回に続きます。


<追記>※1 金銭湯は2007年6月に廃業、すでに取り壊されてしまった。
posted by かねこ at 18:09| バックナンバー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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