2008年03月20日

第13回 雑司が谷霊園掃苔録・その2

※この日に歩いた道の地図はこちら↓
http://tinyurl.com/2ztpqn

先日、近所にお住まいの年輩の女性宅へ本を買い受けに行ったときのこと。「東郷青児の額があるんだけど、いる?」と言われて、「一応見せていただけますか」と答えた。2階の部屋から持ってきたそれは、確かに東郷青児の女性像の絵らしきものが入っていて、額縁もたいそう立派なのだが、なにかおかしい。

玄関先の薄暗がりで見ていたので外に出てよく見ると、絵がキラキラと光っているのだった。
「あ、これ、ビーズですか?」「そう、あたしが作ったの。ビーズ絵っていうのかしら。結構大変だったのよ。あなたがいらないなら捨てるつもりだからサ、おまけってことで、遠慮しないで。」そう言われたら貧乏性ゆえ、「それでは引き取らせていただきます」と答えてしまった。
本と一緒に台車に積み込んで店へ持ってきたものの、さてどうしたものか。

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▲東郷青児(昭和53年没・行年80)

明治時代初期に造営された雑司ヶ谷霊園には幕臣の墓もいくつか見られるが、その中でもジョン万次郎こと、中濱万次郎の名前は有名だろう。井伏鱒二の直木賞(第6回・昭和12年下半期)受賞作『ジョン萬次郎漂流記』は、おそらくジュニア版日本文学名作選で中学生の頃に“半分ぐらい”読んだ記憶があるのだが、図書館の返却期日があったのか、それとも飽きてしまったのか…。いつかまた再チャレンジしてみたい。

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▲中濱万次郎(ジョン・万次郎)(明治31年没・行年71)

毎度無知を晒してお恥ずかしいが、窪田空穂(くぼた・うつぼ/歌人、国文学者)の読み仮名は「くうほ」か「そらほ」だと思っていた。稲垣足穂の仲間?なんて。それから大町桂月。矢島さんの解説は「酒と旅を愛した東洋的文人。風格からにじみ出る紀行文が本領といえる。」とある。割と古書価も高いようで、残念ながら著作とお近づきになったことがない。
こうしてお墓を見て歩いて名前を知り、どんな人物なのかを調べることで、今までまるで目に入ってこなかった本が見えてくる。ありがたいことです。早稲田の渥美書房にこの両人の本が豊富にあることもわかった。まずは窪田空穂『わが文学体験』(岩波文庫)あたりを読んでみたい。大町桂月の随筆は面白そうなタイトルばかりでどれも気になる。

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▲窪田空穂(昭和42年没・行年89)

◎窪田空穂記念館(長野県松本市)ホームページ
http://www.city.matsumoto.nagano.jp/tiiki/sisetu/hakubutukan/marugotohaku/kubota/index.html

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▲大町桂月(大正14年没・行年57)

「徳川夢声、大辻司郎と「笑の王国」を組織、のちロッパ一座を結成、映画舞台で活躍」した古川緑波の墓は、大きな区画にぽつんと墓石がひとつ建っていて、すこしさびしい印象だった。喜劇役者としての緑波はほとんど知らないが、緑波の食通ぶりは雑誌『あまカラ』で知った。先日の外市で『ロッパの悲食記』を入手。ところどころ読むが、このお墓のことが頭に浮かんでふと無常を感じる。

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▲古川緑波(昭和36年没・行年57)

小説家・森田草平は漱石門下生の一人で歴史小説『細川ガラシャ夫人』『吉良家の人々』などが代表作。平塚らいてうとの心中未遂事件を起こしたり、なにやらはた迷惑な人物だったようだが、同じ漱石門下生の内田百間は、随筆の中で森田草平をおちょくったようなことをたびたび書いているのが面白い。

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▲森田草平(昭和24年没・行年68)

雑司が谷霊園に眠る著名人、次回までつづきます。
 
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